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鰊漁追想
留萌市瀬越町(せごしちょう)に住む横濱競(きそう)さんは
家業の鰊漁にまつわる道具や資料を今も大切に保管している
鰊漁の隆盛を極めた日々を追想する貴重な数々だ


家紋・屋号・モッコ・・・・
鰊漁にまつわる数々の遺された物達
語りかけてくるようでさえある

船から鰊をおろすときに陸(おか)まわりの女性達が背負った
「モッコ」には洗い落とされずに残ったうろこがついたまま
当時の鰊場では女性達の労働力も欠かせなかったのだ
横濱競さんの自宅の壁には屋号が刻まれている
「ヤマキチ」の文字が白壁に一際映える

玄関の壁に奉られた神棚の木肌は黒く光り
その存在感に圧倒される

神棚には数々の巻物が・・・・
鰊漁の「番付表」には漁の役職に応じて
支払われる歩合が定められていた
今となっては貴重な資料だ

横濱家に伝わる神棚は
留萌築港につくした五十嵐億太郎氏の
本家(佐賀家)に伝わるものだ
縁あって横浜家に祀られることとなったという
神棚に刻まれた「マルニイゲタ」は佐賀家の家紋だ

横濱家は昭和33年まで鰊漁に携わっていた
定置網は親方である競さんの父親が取り仕切っていた
競さんは18歳で鰊の刺し網をまかされ
若い者(雇いの漁夫)と漁にでた日々

鰊漁の道具類は横浜家で今も静かに眠っている

( 2009.04.06  情報提供:立崎 龍馬  札幌市在住 ) 

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